『M-1グランプリ2002』を朝から観ていた

M-1GP2002 | Free Videos - Watch Online Videos - Guide | Veoh Video Network

DVDじゃなくて、本放送の時に録画したビデオがあるんだけど、こうやって動画になっているのを見つけたら、つい観てしまうのが人情ということで、じっくりと最初から最後まで観てしまいました。
この大会は前年に引き続いて、ますだおかだハリガネロックフットボールアワーアメリカザリガニおぎやはぎの五組が決勝進出、笑い飯ダイノジテツandトモが新顔、この年から導入された敗者復活戦はスピードワゴンでした。
この年の注目は、前年の大会で審査員投票だけだったら二位で決勝に残っていたのに、一般投票で順位を落としていた、ますだおかだがラストチャンスの10年目ということもあり、優勝候補の筆頭であり、物語的にも吉本の大会で松竹の芸人が優勝出来るのか? ということも含めて、ますおかを中心として、前年の二位・ハリガネロック、三位・アメリカザリガニがいて、それに対して、去年結果を出せなかったフットやおぎやはぎ、そして新顔がどこまで対抗出来るかというのが、戦前の空気だったように記憶しています。
この年は結果的に、最終決戦を優勝候補のますだおかだ、前年の低評価から一転したフットボールアワー、そして無名の新顔であり、この後のM-1をある意味主役となった笑い飯の三組で争われ、ますだおかだが無事にラストチャンスを優勝で飾り、涙涙の優勝となって、増田さんのこのドヤ顔の雄叫びにもなるわけですが、この優勝は松本人志がラジオでこんな事言っちゃた事もあって、「ますだおかだが優勝だったか?」ということは、良く言われてしまうのですが、こうして見返すと、やはりますおかの優勝で正しかったと思います。
というか見返してみると、この段階で優勝を「フットボールアワーか、笑い飯で迷っていた。他の審査員もそうだと思っていた」と、笑い飯に優勝と投じようかと迷っていたというのは、松ちゃん、それは無茶だと思うよ(笑)。
しかし他の採点とか見ていても、松本人志はこの時期までは、技術点的なものに対して、ほとんど考慮に入れていなかったというのが分かる。というか二本目の笑い飯は、いま観たら明らかにスベってる感じで、どんなに斬新なことをしているにしても、よく優勝の一票で悩めたなあと思う、そのぐらい当時の松本人志は、まだそういう意味での尖り方が、かなり残っていたんでしょう。
最終決戦に関しては、こうして見返していくと、フットボールアワーは一本目と二本目で少し落ちる、そして笑い飯はかなり落とした中で、ますだおかだが違うパターンで、安定して高いレベルで出してきたというのは、やっぱりプロの審査員が見たら、評価高いのも当然ですね。
フットは一本目で9.5、二本目で7.0だったのに対して、ますだおかだは二本とも8.5を出したというのが、最終的に審査員の多くが、ますだおかだを選んだ理由だったと思う。またこの時期は審査員の中で、どういう漫才を、どういう漫才師が、M-1チャンピオンに相応しいのか、という共通認識があまり育ってもいなかった。ということで、一年目と二年目はラストチャンスの技巧派の安定した漫才というのが、優勝に値する漫才として、多くの審査員に評価される結果になった。笑い飯は初登場で、いきなり四回転半のジャンプを成功させたけど、それ以外の演技で点を下げた、という所でしょうか?
僅差で最終決戦進出を逃したおぎやはぎは、紳助ひとりがかなり低い点数を付けたことが、実は笑い飯を抜けなかった要因なんですが、当時はそれほど書く審査員の採点が、細かく検証されたり、批判の的になるということはなかったので、それほど話題にはなりませんでしたが、今多ったら結構叩かれていたでしょうね。しかし紳助は関東のスローテンポの漫才が好みじゃないというのは、おぎやはぎPOISON GIRL BAND、そして2008年のM-1と、一貫している好みではあります。僕は僅差ではありますが、おぎやはぎの方が最終決戦に残った方が、おぎやはぎの牙城を崩せたような気がして、そこは少し現在からの目線だと残念ですね。
ハリガネロックアメリカザリガニは、ますだおかだと明暗分けてしまいました。ハリガネロックはこの後、M-1で決勝に行くことはなく、アメザリも翌年も出場しますが、それ以降はエントリーすらしなかった。まあはっきりとオンバト初期に活躍していた世代の芸人と、M-1から出てきたような笑い飯麒麟などに、世代交代していくことの象徴となってしまいました。そして次の年から明らかに傾向が変わっていく。
中川家ますだおかだハリガネロックのような、90年代に流行ったダウンタウンの影響下の強い形の漫才ではなく、フットボールアワーアンタッチャブルサンドウィッチマンに代表される漫才コントや、ブラックマヨネーズチュートリアル笑い飯に代表される一つのシチュエーションに対して、ボケが暴走的に繰り出されるタイプの漫才が主流になって、フリートークの延長線のような漫才や、シチュエーションと素の喋りが行ったり来たりする漫才が、この後、少なくともM-1では、どんどん過去のものになっていく。
2003年と2008年が、M-1における二つの転換期というのは、一部で言われ始めていますが、2002年までが一つ前の世代が活躍出来た時代、そして2003年から2007年までが、次の世代の活躍した時期で、2008年からはもう一つ世代が変わっていった。
最後にM-1がまだ模索していた時期だから、テツandトモは決勝に行ったと思うのですが、この時期にテツandトモみたいなネタに対して、「これは漫才とは言わないよね」というような感想を、視聴者に持たせてしまうような結果になったのは、漫才の可能性とか範囲の広さを、狭める形になってしまったのは残念でしたね。とりあえず中田カウス師匠の採点では、三位だったことは今一度付け加えておきたい。

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アメリカザリガニ

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