吉本興業「伝統」と「効率化」という二枚舌

まあでも最初に言っておくと記事中で新田さんも書いていますが、吉本に限らず日本の成功している大きな会社には全て言えることだと思うし、どんなに尖っていた人でもある程度大きくなると、急に体制擁護派になるしねえ、紳助とか典型という人いるかも知れないけど、もっと下の次元でもいっぱいいるでしょう。あとまあ僕の記事を受けての記事でもあるので、その部分に反応しておくと、非合理な社会システムというのを押しつけてくれるなよ、僕たちにはということを言いたいということで、昨日のエントリーは書きました(笑)。吉本がNSCとか若手芸人の育成についてどう考えているのかは、本当に良く分かんなかったりするのですが、東京の方はかなり「虎の穴」時な雰囲気になっているとも聞くし、M-1、R-1の予選なんかでは、いま思えば大阪NSCの人達は判で押したように同じような設定のネタやっていたように思わなくもないし、またNSCの生徒受け入れ枠は広げているのに、大阪のbaseよしもとは芸人の枠狭めているし、ちょっと良く分かんないというか、いやある程度自分の中でこう考えているという結論は出ているんだけど、何となく言語化するのはその道を目指す人達にあまりにも苦な気がして、あんまり言いたくない。
ただ一言言えるのなら、芸人を目指すのなら「大阪だけが場所ではない」というのと同じぐらい、「吉本だけがそれを目指す唯一の道ではない」ということだと思うし、吉本自身が実はそういう道を自覚的か知らず知らずか分かんないけど、選択しているんだと思う、もっと厳しく生々しい言い方になるとNSCで授業料の収入で充分儲かっているから、吉本からドロップアウトして売れる芸人が出てもかまわないぐらい、NSC自体が事業モデルとして儲かりだしているということじゃないかな? そうなったら別に他事務所で売れてもNSCの宣伝塔になってくれることには分かりないぐらいの割り切りをしても不思議じゃないぐらい、NSCって吉本の中で大きくなっているんだというのは容易に想像が付く。
そして別にNSC卒業生で吉本に残る人達は、NSC卒業してからでも昔ながらの徒弟制度に組み込む方法はあるということなんじゃないかなあとは漠然に考えています。そうなるとその枠からはみ出すような奴は別にいらないし、もっというとM-1やらR-1を通して笑い飯、千鳥、だいだひかる、南野やじなんかはある程度勝手に育った段階で拾い上げるということも可能だった訳だし、とりあえず吉本的にはもう新たな明石家さんまダウンタウンもいらないという選択肢は、現在のテレビ界の状況とか劇場運営のこととか考えると、そんなに間違ってるとも言えないところが、エンタメ企業として吉本興業ってしたたかだなとは思います。
もうちょっと踏み込みたいけど、病み明けでこれ以上考えるのはしんどいので(笑)、中途半端なところで書くと誰が見ているか分かんないから、とりあえずこの辺にしときます(笑)。