クリリンや今中さんが不公平という気持ちが分かる理由

それは「オペラシオン・プエルト」が一番最初に報道された際、言われていたことは「自転車選手とリーガ・エスパニョーラの選手の多くがフエンテスの顧客リストにあった」ということでした。
しかしあれから1年以上が経ち、オペラシオン・プエルトで出てくる名前は自転車選手の物ばかり、サッカー選手については全く出てこない。 そしてオペラシオン・プエルト連座した選手やチームは、真っ黒な物から、白寄りの灰色の人まで多くが何らかの罰則や停止期間などを受け、それはまだまだ続きそうです。
そんな中で、サッカー選手の名前が一つたりとも出てこない、このことを指して今中さんや栗村さんが「自転車界の政治力の無さ」というところに、この問題を論じるのは僕は凄く腑に落ちています。それだけの政治力を駆使出来るチームの選手が、しかもそれだけ守る価値のあるサッカー選手が、関わっているというのは、僕は間違いないと思っています。それだけの政治力が駆使出来るスペインのチーム、まああそこかあそこしかないよね、絶対にどっちかの選手が関わっていると決めつけるのは容易いことでしょう。
栗村監督が言っている「自転車界に政治力がないから起きている」というのは、「サッカー界は政治力があるからもみ消せている」と遠回しに、いや直球で言っているように感じています。こうして栄養剤レベルの投与を受けた自転車選手が憲兵のお縄にかかり、もっとやってるような人たちがのうのうとしているとしたら、僕は許せない。
ユベントスのドーピング問題は結局うやむやのまま終わりました、それと比べたら自転車界はよっぽどクリーンだし、自転車界が生け贄にされているという言い分は、そりゃ言いたくなるよなと思うところでもあります。

仏紙‘ル・モンド’、ドーピング医師とバルサ、R・マドリー、バレンシア、ベティスの関係を報道 : MARCA.COM

自転車界だけが厳しい目に晒されていて、もっと根深いことになっているスポーツ競技は沢山ある、少なくとも僕はこの一連の件で、欧州のサッカー界は絶対にクリーンではない、自転車界よりも、という確信に近いものを感じています。そして現在のヨーロッパの自転車界における、ドーピング検査や罰則というのは、法治よりも人知が優先しすぎていないでしょうか?

ラスムッセンまとめ(主観) : 自転車ロードレース覚え書き

ラスムッセンにしても、ヴィノクロフにしても、圧勝で終わったステージ優勝の当日や翌日にプロトンを追われる結果が発表されていて、一番反響の大きさ的に効果的なタイミングが狙われたというのは、もはや自明のこととなっています。またオペラシオン・プエルトで名前が上がった選手で、イタリア人やドイツ人の選手が引退や出場停止に追い込まれている中で、スペイン人の選手だけがいまもレースに出ている、それどころか無罪が確定というスペイン当局の判断が出ているなどの不公平であり、一部の国のヒステリックな自転車レースに対するダーティーなイメージを植え付けている行動は、やはり僕は法治ではなく人治であり、自転車を生け贄にしていると関係者が言ってしまうのは理解出来てしまいます。
そういう意味でJ SPORTSCYCLINGTIME.comが選手や関係者、自転車競技を庇う守るような立場の人の意見も紹介しながら、報道を続けているのは、僕は批判が大きいのは分かるけど、バランスが取れていると思います。
とりあえず僕はこの状況証拠だけで、ほぼ有罪と断定される、いや有罪と断定もされていなければ、送検すらされていないのに、罰が下るという前例が、ついに今年のツール・ド・フランスでは出来てしまった。これが冤罪の量産に繋がらないかということを、僕は恐怖してならないです。少なくとも悪質なルール違反はあったとはいえ、検査でドーピング検査に陽性にならなかったラスムッセンに、何らかの圧力がかかってチームが彼をツールから追い出したのは、僕はこれは法治ではなく人治であると断罪できないのはおかしいと思います。
何故ラスムッセンに関して、このタイミングで色々と出てくるのか、ジロのディルーカペタッキの件も含めて、色々と考えていくべきではないでしょうか? クネゴとランスまで遡らないと、グランツール優勝者に現在、嫌疑中の選手がいないということは、決して選手やチーム関係者だけでない問題点というのを感じることはおかしいことでしょうか?

ベルギー人と日本人 : mas.ciclismo小ネタ通信

自転車界がクリーンいうのは確かに言いすぎだと思うけど、でもいまの自転車界は明らかに人権侵害の域にいってることは、もっと論じられても良いと思うし、本来ならばもっとメスが入らなくてはいけないスポーツ業界はあるのでは? という気持ちは日に日に強くなっています。少なくとも僕はオペラシオン・プエルトの影響でブンデスリーガは自転車界よりも信頼出来なくなっています。

オペラシオン・プエルト : Wikipedia

僕にはこの今日現在でのWikipediaでの記述は、なかなかバランスが取れているものだと思います。