大阪の笑いを全国に広めたいという考え方は、オールドタイプの思考?

広めたい派の文章を読んで思ったんですが、僕も広めたい派ですし、それにも増して近年「東京のもありーの、大阪のもありーの(by新野新)」という嗜好になってきているので、凄い気持ちは分かるんですが、ただ演者にしてもお客さんにしても、そういう考え方自体が天素以前の旧世代の考え方であり、感慨なんじゃないかなあという気もしています。東京が全国で大阪がローカルという状況は特に変わっていないと思うんですが、それでも大阪だけでやってることに不満がない芸人さんやファンが昔と比べて多くなってきているように感じます。
まあ東京に行って大阪であんなに一世を風靡していたのにという人が目立った活躍をしていないという状況が続いていると仕方の無いのかも知れませんが、ダウンタウンやトミーズ、ナインティナインを送り出したときの大阪のお笑いファンのムードの高まりを見ていると、時代が急速に東京進出とか、全国化することにそれほど熱がなくなったのは、決して大阪のお笑いがローカリゼーションの道を歩み出したということは決してないような気がしています。
いま東京で売れている大阪の芸人さんが、いずれも大阪で頂点を極めた人ではないという流れも含めて、一度誰かがこの状況を総括めいたこと取材して書いて欲しいなあと思うんですが、あんまりジャーナリズム的な切り口でお笑い界って扱って貰えないんですよね、『マイク一本、一千万』とか読む限り、良いもの書ける素材は転がっていると思うんですが。