講談史観と萌え史観?

大阪の伝統文化や街並みを継いでいこうみたいな活動している団体が、武家社会と商家の違いを解説していたんだけど、それが典型的な講談史観というべき内容で、いや講談史観は講談は講談で楽しいものなんだから、それはそれで良いんだけど、史実とはとても言えないような物を、それを何の注釈もなしに断定的に話するなよと考えると、さすがにそれはダメだろうと思うのです。
例えば講談や落語の江戸時代を、史実の江戸時代として語るのは、2010年の高校生が全部『けいおん!』のような高校生活を、みんなリアルに送っていると言うようなことで、それは明らかに間違っているんだけど、でも講談も『けいおん!』も楽しい面白いことに変わりはないわけで、史実や事実とは別であることははっきりさせた方が良いのです。100年後の日本人に、この時期の日本人の一般的な高校生活とかいって、『タッチ』や『けいおん!』を見られても困るでしょ? という話はしておいて良いと思うし、それを受けてなお真田幸村と十勇士の活躍を楽しむ、講談史観も司馬史観も萌え史観も、みんなそれが事実でないことを知りながらも、それを楽しむことを考えて良いのではないでしょうか?

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