「第4回笑いのシンポジウム」

ということで途中から行ってきました。自分は1/3も終わっていない段階で見れたのですが、それでもツジカオルコさんやクロスバー直撃、そしていま関西のインディーズ界で最もノリに乗っている愛植男さんが見れなかったのは、やっぱりこっち選ぶべきだったかという気にさせてくれます。

笑いのシンポジウムのコーナー

演者さんとも終わってから少し話したのですが、少し迷走し出した感じのコーナー、というかこのコーナーの主役は完全に牧戸健だったんですから、彼が出ないとこうなりますよねえ、変わりのクロスバー・前野さんが健闘していただけにもったいなかった。

おてもと 漫才「『笑っていいとも』に出るときの練習」

キタイ花ん」でも思いましたが、漫才巧くなりましたねえ。

メキシコの風 コント「いなりの授業」

実はこのネタを生で見るのは始めて、テレビの「R-1コレクション」で流れなかった後半を見れたのは嬉しかった。ポンチョを着る前のネタということで封印がちだったようですが、いまはまだいろんな事をやって、前面に立てていってほしいです。改めてR-1の二回戦が悔やまれるポテンシャルを見せて貰いました。

バーン 漫才「リズムに乗せて料理」

伏線かなと思った物が使われなかったりしたのはちょっと肩すかしでした。

大脇里村ゼミナール コント「小学校の学級新聞」

プロジェクトX」の下りは別にいらないような気がしました。あと全く大脇里村に限らない話題になるのですが、以前からbaseやインディーズイベントを見て感じていたことを書きます。
最近の大阪の若手のコント師って、「○○です、僕たちのコント「○○○○」」みたいなのを影マイクで言う人達が多いんですが、これっているのかなあ? コントの際に自己紹介とタイトルコールをして入るというのは、日常の中からの非日常の切り取りではなく、最初からいまから始まる物は非日常なんですよということを固定化して話を進めるというのは、かなり古くさい印象をどうしても受けるんですが、気にしすぎかなあ、ただ特異な設定にしても、そんな奴絶対にいないし、そんなシチュエーションはあり得なくても「そういうことはあるかもしれない」というリアリティって絶対に現代のお笑いって必要だと思うんですよね、コントの場合、自己紹介をしてタイトルコールという流れは、いまからやる物はフィクションであるという前提を最初に植え付けてしまう非効率的な物のように思えて仕方ないです。

Dandelion 漫才「朝起きるのと、夜更かしどちらがしんどいか」

てっぺん 漫才「彼氏の話」

なんか今年に入って、てっぺんの漫才は凄いオリジナリティの芽が見えてきた感じがします。凡百の女流コンビの一つぐらいの評価をしかけていたんですが、とんてもない眼鏡違いだったなあ。一年後、いや半年後が楽しみになってきました。

コーナー「特技を身につけよう」

ホンマにこんな茶番劇好きやなあ(笑)。というような楽しい催し物でした。

さんだあず左 コント「ノッポさん

ノッポさんに扮して画用紙で台詞を出していく、ノッポさんのキャラに扮しているという設定が理解できなかった客が色々と検討違いの反応をしていましたが、あれは演者の問題ではなく、分からない人のレベルの問題でしょう。

後藤レクイエム コント「CDショップ」

R-1準決勝進出を決めたネタ、準決勝に向けての地ならし中です。

ペットボトル コント「ヤクザの取引」

銀シャリ 漫才「一週間が人と違う」

帽子屋お松 コント「赤ずきんちゃん」

正直、この人のネタの設定とか脚本ってそんなに好きじゃないんですが、それでも引き込まれるのは演者の存在感なんでしょうね。

メガポリス 漫才「罰ゲームを嫌がる」