カイジ論(ネタバレ有り)

って、上にあんな事書いておきながら、いきなりそれ以外の話題です(笑)。一応、今回『地獄パチンコ・沼』篇が決着付いたので色々と現役最強漫画家の福本伸行についてゆっくりと語りたいと思います。えーとここからネタバレです(笑)。といっても雑誌で追いかけていた人だったら、先週号でもう決着ついたのが明らかなので別にいいでしょうが、単行本で追いかけている人はネタバレなので以下気を付けてください。
といっても福本さんがテレビとか雑誌のインタビューとかで、「もう地下は書きたくない」って散々言ってたから、このあたりで勝つのはみんなだいたい勘づいてるわけですから、まあ良いかという気もしますが(笑)。えーとカイジが勝って、一条が墜ちました、地下生活1050年の刑です。で、7億勝ちました、また細かい周りで応援とか球運びしてくれた奴への祝儀配りとか細かい描写ありまくりで、また最後にベタな泣かせで笑い泣きさせてくれて、立ち読みだったのですがヤバかったです(笑)。さて必要経費が1億5000万円で残りを三分割して、カイジのことですからきちんと45(ヨンゴー)組は助けて、それでも1億ちょっとの金は手元に残るわけです。となるとそれはモロに次のギャンブルの元手になるわけで、福本さんが『週刊「」』で宣言した、「次のギャンブルはオリジナルではなくアリモノでいく」というところに興味が行くわけです。さて僕としてはようやく、やっとのこさカイジがここまで話が進んだと、物凄く幸せというかいま楽しくて仕方ありません。これはマンガ夜話で岡田さんも言ってたんですが、そのままキネ旬ムックから引用します。

岡田斗司夫さんのマンガ夜話での終了間近の発言です。

ただ、なんだろうな、この福本さんっていうのは今までに連載を終わらせたことがあんまりないじゃないですか。巨大連載を。『銀と金』のときも途中で終わっちゃってるし(注159)、『アカギ』も『天』も全部途中、まあ連載続いてる最中なんで。で、『銀と金』のね、不本意な中断の仕方っていうのが、話のスケールがでかくなりすぎたからですよね。で、この『カイジ』っていうのは、それをしないために助走期間がすごく長いと思うんですよ。1万円、5万円の話をずーっと積み上げてきてるから、これうまくいくと、20巻ぐらいから何億の話にガーッとリアルに転がっていけるかなとは思ってるんですけどね。
注159/銀二の相棒として『銀と金』の中心人物であった森田鉄雄は、第9巻までで描かれた「神威家の惨劇」篇のあと裏社会から足を洗い、銀二の元を離れた。その後は銀二の「競馬勝負」篇が描かれたが、それが終了したところで連載は中断。最終回となった第108話が掲載された「漫画アクションピザッツ」96年11月号の最後には「第一部・完」とのクレジットが打たれ、「再開をお待ち下さい」という編集部のコメントも載せられているが、現在まで連載開始の動きが見られない。すっきりと終わった長篇連載がないといわれる所以である。

キネ旬ムックマンガ夜話 vol.7 より

ここの岡田発言は全く同意で、賭博黙示録カイジと賭博破壊録カイジを合計して24巻目にして、カイジは億という金を掴んだわけで、これが今後お話が大きくなるというのはもう明らかで、それが私は楽しみで仕方がない。この話をすると「カイジが大金掴んで大物になっていくのは想像できない」という感じで、そういう展開を否定してくる人も多いんですが、僕は岡田さんの積み上げ論を支持します。これはえーとやっぱり「銀と金」の話を先にしたほうがわかりやすいと思うので、そっちの話を先にしておきます。
この作品を福本伸行の代表作にして最高傑作という人はいま「カイジ」や「最強伝説黒沢」を経てもなお多い作品で、僕も一番好きですし、マンガ夜話でも岡田斗司夫宮村優子が一番好きと語っていましたが、人気だけでなくこれを書いたのをきっかけに福本さんはテーマ的にも作品のロジックも飛躍的に高まったと思っているのですが、麻雀以外のギャンブルをはじめ、金融界とか絵画ビジネスなどをギャンブルとして描いたり、あと「最強伝説黒沢」や「無頼伝 涯」に通じる現代社会や裏社会におけるサバイバル的なお話など、その後の福本マンガの要素が全て詰まっています。だからマンガ夜話はこっちを取り上げるべきだったとも思うのですが(笑)。で、このマンガは上の引用で岡田さんが言ってるように、『不本意な中断』になっていて、一部では『銀と金(11巻完)』みたいな書かれ方もされてしまっているんですが、福本先生は最近になって「再開することもやぶさかではない」みたいなこと言い出しているようですが、それはないだろうというのが多くのファンの感想です。
銀と金」はカイジと髪型が違うだけのキャラクター(笑)森田鉄雄が、赤木しげると髪型が違うだけのキャラクター(笑)、裏世界で銀王と呼ばれているフィクサー平井銀二にあこがれて目指すという物語だったんですが、まあ色々とあって森田はどんどん実力を付けていき、銀二も闇の世界で大きくのし上がっていくのですが、「神威家の惨劇」篇というエピソードで銀二が人間の暗黒面に触れて、まあやられてしまって裏社会から足を払い、銀二の元を離れるという形で、物語から退場してしまい。その後の「競馬勝負」篇というはっきりいってあまり面白くないし、勝負のロジックもはっきりいって破綻してるエピソードを最後に連載中断してしまうのですが、これはそのまんま福本さん自身のこのマンガへの情熱が失せて退場していく様に簡単に置き換えが効くところで*1、中断前のいまの所の最後回の銀二のラストのモノローグなどを見ても、福本さんが「森田が再登場して銀二を倒す」というのを、この物語のラストもしくはクライマックスのエピソードとして描こうとしていたことは容易に、これは誰でも想像が付く所なんですが、結局そこまでいく前に森田というキャラが力尽きてしまった、主人公が力尽きてしまうというのは、そのまんま作者が力尽きちゃったということに簡単に置き換えられるわけで、そして入れ替わりで連載が始まった「カイジ」はもちろん、すでに連載中だった「天」にしても「アカギ」にしても、この後の展開が「銀と金」の不本意な中断の失敗が活きているというか、特に「カイジ」は「銀と金」とちょうど入れ替わりの連載である上に、福本先生にとっては本当にはじめてと言ってしまって良い、メジャー誌での長期連載、デビューはチャンピオンですし、あと天がヒットし出した頃に週刊少年サンデー本誌のほうでも連載を始めているけど*2、いずれも4週ないし5週で切られていることから、週刊ヤングマガジンという、福本先生が他に書いている雑誌と比べたら遙かにメジャー誌で巻頭カラーでの連載開始というのは、福本先生にとって作家生活初の大舞台といってよく*3、連載開始時にはすでに全プロット完璧にできあがっていたという「限定ジャンケン」篇をひっさげて、もう本当に大勝負を打ってくるわけですけど、あんな論理的に話を作る人が「銀と金」の失敗……といっていいよね、「銀と金」の失敗を分析して教訓にしてないわけがなく、実際に「カイジ」はほぼ「銀と金」のリターンマッチというか「銀と金」のリニューアル復活篇といっても良いような類似点が多々ある上に、「銀と金」の不本意な中断の理由となった要素を物凄く気を付けて設定を作り、物語を積み上げていってると思います。
まず「銀と金」での銀二や、「天」での赤木のようなキャラを配置しなかった。これは「銀と金」で銀二と森田の勝負を結局書けなかった、というか福本さんは『森田を通して語りたいこと』と『銀二を通して語りたいこと』が「銀と金」であったわけですが、結局それを両方とも語りきれなかった、というか語れないまま終わってしまったわけで、あれだけ強い個性の二人の主人公の人生を一つの作品で出すのは、福本伸行を持ってしても無理だったわけで(ましてほぼ初めての麻雀マンガ以外での長期連載)、カイジに関しては完全に森田鉄雄の生まれ変わりというか、森田鉄雄で書ききれなかったことを書こうという意図が凄く見て取れる。これには根拠があって、それは「銀と金」の復活はあり得ないんじゃないかということに対しての根拠でもあるんですけど、銀二の人生を借りて福本さんが語りたかったことって、最近の「天」で赤木しげるの死に際のところでやっちゃったんじゃないかなと思うわけです。元々、銀二と赤木は髪型違うだけのキャラ造形ですけど、姿形だけでなく、その人間性や行動なんかもほとんど同じキャラクターだったんですけど、「銀と金」の中断あたりから、「天」において赤木しげるが滅びの美学みたいなものに突き進んでいく色合いが濃くなっていって、僕なんかは完全に「銀二=アカギ」になっていて、赤木しげるの死に際の自殺云々というのは、そのまんま森田に敗れた銀二が自らその命を絶つみたいなときにいう台詞でもおかしくないなあとか思ってしまいました。
で、アカギが銀二だから、カイジが森田だというのは、それだけで簡単に結論づけたわけでなく、色々あってまたちょっと「銀と金」の話になるのですが、「銀と金」というのは傑作だと言ってますが、明らかに破綻した失敗作な訳で、例えば二巻の「殺人鬼有賀」篇の導入のきっかけになった盲学校でボランティアをする広瀬や、その広瀬と銀二が話をしている『某国ナンバー2の巨大資本を持つ老人』というのが、その後全く伏線すら出てこない(笑)とか、まあ色々とあるんですが。当初の物語は銀二が『某国ナンバー2の巨大資本を持つ老人』に引き合わせるのに森田がふさわしくなるまで育てていくというのがストーリーラインの軸の一つとして提示されているのですが、結局この物語の展開が、1巻で5000万円で人殺しを請け負うか請け負わないかみたいな選択肢で揺れている森田が、6巻では1000億円から1兆円という勝負になり、7巻では国家のほとんど全部をやりとりするしないなんて話になって、森田の成長が物語の勝負の規模についていけなくなって、で、森田を成長させるために「神威家の惨劇」篇というエピソードを用意して、森田の成長を急速に促そうとしたら、逆に森田というキャラクターが潰れてしまった。というか福本さんが森田を書けなくなっちゃった。で、森田復活まで銀二の話を書こうと思ったら、銀二だけではもたなかったというか(笑)。
だからカイジについては、物凄くその辺慎重に、それこそ岡田さんがいう積み上げていってます。ちょっと慎重過ぎという感じなのですが、これは駒木さんが指摘していたことですが、駒木博士の社会学講座の駒木さんが言っていたように現在のカイジにはギャンブルの額について「人間の命で換金できる範囲」という縛りがあり、カイジでは「一般サラリーマンの平均生涯収入」がその基準になっていますが、福本さんの他作品、「銀と金」や「アカギ」を見ていると、どうも100億単位までなら人間の命を対価にしたギャンブルは成立するけど、1000億を超えてくると相手はうろたえてきて、兆の単位になると「対価が相手の命では割に合わない」みたいなことを福本漫画の異常な金持ちじいさん達はモノローグも満載に交えて言い出します(笑)。
で、今回のカイジの最大にしておそらく最後の敵になるであろう帝愛の会長・兵藤はそのあたりの対価基準がこれまでの福本漫画のキャラクターと比べても厳しい設定になっていますし(指一本2000万円とか、1000万円損させた部下は地下生活5年とか)、さらに「アカギ」の鷲巣や「銀と金」の蔵前なんかと比べても桁が一つは違う金持ちに描かれているということ、そして兵藤の命を取るということを最終勝利点とする場合、兵藤にとって命は金ですから、兵藤を素寒貧にして放り出すということがおそらく最終的な絶対勝利条件です。しかしそのためには相手の全財産をぶんどるぐらいのレートでの勝負をするためには、カイジがある程度の元手を持って相手に勝負を仕掛けないといけないわけですから、空手ではそこまでの勝負を仕掛けても絶対に相手は乗ってこない。
で、カイジはある程度の元手を、帝愛とやり合うための駒を持たないといけない。そのための物語がいつか始まるわけで、それにカイジというキャラクターや読者や作者自身が絶えられるように成長させるための物語を、かなり回りくどいぐらいしつこく積み上げをやっている。積み上げるどころか「ペリカ」なんていうデフレまでやってギャンブルの規模を抑えた上で、カイジの人間的成長と勝負師(ギャンブラー)的成長を少しずつ積み上げている。だってカイジがここで手にした金って、「銀と金」だったら森田が4巻の前半ぐらいで手にしている金額ですからね(笑)、カイジは24巻にしてやっとこさですし、まだ少しそれより少ないんですよね(笑)。ただこれだけ長く連載して積み上げていったおかげで、カイジは大きな勝負に絶えられるキャラクターになってきてると思うし、何よりも『絶望の城』の電流鉄骨橋渡り篇とか、地下暮らしとかで福本漫画の二大要素のギャンブル以外の要素である「現代社会におけるサバイバル」というのをうまくカイジに経験させている。
なんかとてつもなく長くなってしまいましたが(笑)、ということで僕はカイジというのはこれから第二の森田の物語として、大きく話が転がって来るというワクワク感でいっぱいであります。森田のようにならないように積み上げて積み上げていったものが一気に花が開こうとしていると思います。45(ヨンゴー)組とか、遠藤を仲間に引き入れたりしたのも、今後のカイジの私兵となり得るキャラとして出してきていると思えますし、もう本当にこれからの展開が楽しみ。これからどうなるかはわかりませんが、紆余曲折があっても帝愛を、兵藤会長を倒すために話を積み上げていくとしたら、ここからドラマはというか、ギャンブルのレートが大きく上がっていくだろうなと、「銀と金」では4巻で2億、5巻で8億、6巻ではもう100億になって、7巻ぐらいでは日本の政治の中枢のやりとりになっていたわけで(笑)、ここまで積み上げていったことを考えるともう今後の展開は楽しみで仕方ありません。
とりあえず次のギャンブルは『限定ジャンケンのようなオリジナルではなく、麻雀とかパチンコみたいに実際にあるギャンブル』ということは表明しているわけですから、どれで来るのか。僕は仕手戦とかになると思っていたのですが、それをするには種銭が少ないですし、「銀と金」のポーカー勝負とか、『金の橋』みたいなエピソードをいくつか経ていって、金と兵隊を蓄えていって、最後に帝愛・兵藤会長と大勝負なんて展開に自然と流れることが出来たら、最高なんだけどなあ。そこまで積み上げていくのは時間かかりすぎるし待てないかなあ(笑)。でもいきなりやっちゃうと森田の二の舞だからなあ。
とりあえず黒崎が部下の敵討ち云々で、次の敵キャラになるということもあるかもしんないけど、ちょっとカイジのこれまでの積み重ねを考えると一足飛びになりすぎて怖いなぁ。やっぱりちょっとずつ力を蓄えていってほしいなあ。もうこの辺は最後は今後の展開の願望でしめてみます(笑)。

*1:だいたい森田退場の直後のエピソードが、唯一本人が嫌いと公言しているギャンブルの競馬を題材にしているところから、やる気のなさが伺える

*2:週刊少年サンデー本誌で、福本さんの絵で麻雀マンガと誰がどう想像しても失敗は目に見えてる、というかいまのサンデーでも無理だと思うのに、よりによって当時のサンデーは「ラフ」「YAIBA」「パトレイバー」の頃という……。

*3:福本先生は当時デビュー16年目、サンデーでの短期間の連載から数えても8年目