エレーヌについて考えたこと

自分の中で宿題にしていた件について、先に問題提起をされたので、しっかりと考えてみました。あまりにも難しい問題なので、結論は出ていません。というかとてもじゃないですが、一人で結構考えたぐらいでは、出せるものではありませんでした。

■2010/10/07 (木) エレーヌになにを考えるのか - 須田鷹雄の日常・非日常

今年に入っての競馬界の一番暗いニュースは、エレーヌの件というのはほぼ間違いないでしょう。酷使だけでなく、どこまで事実に即しているか分かりませんが、当日に体調不良が把握できていたという話も聞こえてくるとなると、奥歯に物の挟まった言い方を続けていて良いのか? という気持ちを引きずっています。
僕が競馬を見だしてから、ばんえい含めて二桁の競馬場が無くなりましたし、今年だけでも廃止とか存続という話題が、複数の地方競馬であがっています。これがサッカーや野球なら、例えば極端な話をすると、明日JリーグNPBが廃止になったとしても、何年か後や何十年か後に、日本でプロリーグが復活することは容易だろうけど、日本の今の状況や、競馬関係の法律を考えると、一度無くなった競馬場が復活したり、新しい競馬場が設立されるなんてことは考えられない訳で、だからこそ何が何でも競馬場を存続させたい。そのためには関係者もみんな「欲しがりません勝つまでは」で我慢して貰うのと、希少な馬資源を効果的に回していこうということになるわけです。
しかしそこまで、現在の競馬場に関わっている馬や人に、負担を全て押し付けてまで、地方競馬を残すべきなのかという疑問に、僕は最近どうしてもぶつかってしまいます。人に関しても武豊も高知で騎乗したときに苦言を呈していましたが、地方競馬5着に入っても騎手の取り分の賞金が150円とか、調教助手が簿給で19時間労働を強いられているとか、厩務員は気性の荒さに問題あるような馬を、一人で五頭持ち、六頭持ちしているような現実を見ると、命の危険もある仕事をしながら、安全管理も充分ではない環境で、ワーキングプア並みの収入しか得ていない状況で、果たして競馬を続ける意味があるのか? という疑問をずっと自問していました。
そして今度のエレーヌの件ですが、その前に僕はオースミレパードの件が、僕はずっと重くのしかかっています。高知に移ってからのオースミレパードは、高知の10年間で176戦して、日本サラブレッド最高齢勝利記録・出走記録を更新しました。この馬が現役を続けていた頃には、働く場所が何時までもあるのは良いことだ、というムードで競馬ファンはいましたが、いくら地方競馬の緩いレベルであっても平均で年17戦も使われるという競走馬生活を16歳まで続けながら、引退にあたって処分されそうになったこと、そして救出して余生の面倒を見ていた、土佐黒潮牧場の人の「たくさん走りすぎたから・・・体の老化は、他の誰よりも早いようです・・・。」と書かれるような体調で、19歳で老衰と言われるような死に方をしたのは、自分の中で相当ショックを引きずっています。
またこのオースミレパードの件を、変に美談にして終わらせた競馬ファンや、一部のマスコミにも、僕はかなりの失望感が当時ありました。そして今回のエレーヌの件も、地方競馬の存続のために、臭い物に蓋的な空気をどうしても感じ取ってしまっています。
人に過酷な労働環境と、それに見合わない報酬を出せず、馬にはエレーヌやオースミレパードのような過酷な運命を課してまで、潰れそうな地方競馬を存続させることに正義はあるのか? という問題に僕はどうしても向き合ってしまいます。
須田さんのいうように、デザイン次第でどのようにも、日本の競馬は形を変えることが出来ます。JRAは売上が大きく落ち込んだと言っても、まだまだその収益性は莫大なものがあります。また日本の競馬関係者には、長者番付があった頃にそのランキング上位常連だった人達が沢山いる訳です。
また廃止が検討されるような赤字を自治体に負わせるようになった競馬場も、その昔にはいま出している赤字の何倍、何十倍の収益を地方自治体にもたらしていたわけで、その収益を自分たちの為に使えていたら、新しい施設や設備、企画や広報に使えていたら、このような事態にならなかったかもしれない。
いま存続をかけて運営されている地方競馬の多くは、中で働いている人や馬に無理をさせるということで、コストカットが進んでいます。しかしその結果がエレーヌやオースミレパードの結末であり、また騎手は子供の遣いのような賞金をかけて、命がけのレースをこなし、厩務員や攻馬手は長時間の激務の中で、これまた危険な仕事をしている。疲れた身体で気の荒い馬を扱うことで起きた事故というのは、決して少なくないはずです。
人や馬にここまでの負担を課してまで、地方競馬の存続を願うことが、本当に正しいことなのか? という問題に対して、僕はいま大きくぶつかっています。そういう疑問をもし表に出したとしても、変な美談によって誤魔化されたり、下手したら悪者にされてしまうかも知れないという考えや、理屈や論理になっていない。「でも競馬場が無くなるのはやっぱりダメだ」という感情的で強硬な意見が、幅を効かせている中では、どうしてもこの手の問題提起は難しかったけど、エレーヌの件も重なって、またそのことに対する競馬ファンや関係者の口の重さを見て、地方競馬の存続をとにかく願い応援することが正義なのか? ということに全く自信が持てなくなっています。競馬は誰のために、何のためにやっているのか? 競馬を続けることが、馬のためになっているのか? とかいう本質的なところまで含めて、避けては通れない論議が必要になっていると思うのですが、皆さんはいかがでしょうか?
簡単に結論を出せない問題ですが、このままゴールが見えない中で、現場の人と馬に負担をかけて、「地方競馬をこれ以上無くさせない」というのは正しいことなのか、例え正しくても、そのための方法として、今のやり方で本当にいいのだろうか?

4809405176廃競馬場巡礼
浅野 靖典
東邦出版 2006-02

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4198911851サラブレッド101頭の死に方 (徳間文庫)
大川慶次郎 月本裕 山田和子 岡田卓 岩川隆 大坪悟 横田紀子
徳間書店 1999-10

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