2006年2月2日にギャロップダイナが死亡していた

天皇賞シンボリルドルフを倒し、安田記念を一番人気で完勝してフランス遠征までした名馬の死亡が記事にすらならないって……、近年過去の競馬との断絶が一部で叫ばれたり、こうやって過去の名馬の死亡がベタ記事にすらならない状況って、僕たちが競馬を始めた頃は丁度、競馬出版物バブルといえる状況だったというのもあったとはいえ考えられないことだったので、いまの状況はどうなったんだろうと考えるに、やっぱりこれって、ミスターシービーからオグリキャップの頃の競馬ブームの頃に競馬ファンになった世代、つまり先に言った競馬出版物バブルの頃に業界入りした世代のライター、記者、編集者、テレビスタッフの怠慢じゃないのか? と強く思います。この世代がサボってる……と、あえて言いますが、サボってるからこの人達が競馬を始めた時代あたり以降の馬が、後々に語られにくい世代になってしまったり、こうして取り扱われなくなっているということ、僕は絶対にあるような気がしています。「酔いどれない競馬」で過去を振り返る企画を二ヶ月連続やるぐらいでは、とても埋められないぐらいに大きな歴史の損失が80年代の競馬を中心にいまおこっているように思えてならないです。もうビンゴカンタの項を書かせろと多くのライターが手を挙げた時代は来ないのでしょうか。80年代後半から90年代前半の内国産種牡馬の多くが失敗した理由に、マスコミの一極集中が馬主や生産者のムードを変えたという要素は、微々たるものかも知れないけど、絶対にあったと思っているし、なんか競馬出版バブルの頃に、業界が延命のために作っていくつかの道具立てが、確実に競馬の形を変えてしまったように思います。
ここからペーパーオーナー批判に結びつけたら、石川ワタルかなざわいっせい派閥的な見方からすると完璧なんだろうけど、もうそれはどうでも良くなってきてるのでやらない(苦笑)。でも須田さんとその同世代の競馬ライターがサボってる、もしくは競馬マスコミ内で出世していないというのは、結構重要事だという考えは前々からずっと考えていたことだったりします。なんかみんながみんな外野的なところから好きな活動をしたり、脇で金儲けしたりという方向に固まっているような気がします。まあ競馬出版物バブルもはじけたからというのは分かるけど、無謀なのは承知で言わせて貰うと、じゃあ自分たちで立て直せやとか、自分で言ってて無謀だなあと思って苦笑いするようなことを書いてこの項を無理矢理締めます。最後になりましたが、ギャロップダイナに黙祷。そしてオサイチジョージレオダーバンがどこかで元気でありますように、これだってきちんと見ているジャーナリストがいたら防げた事態でしょう。
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