ドーハ組

28日の日記にドーハ組の名前を連ねたら、「最近メロンパン屋さんに転職したあの方が抜けているように思えますが?」ということを某所で指摘されたのですが、確か山田隆裕は当時のオフト監督は時間がなかったことと、当時の日本選手の層がそんなに厚くないこともあって、レギュラー固定で少数精鋭強化方針だったので、山田とか藤吉とかは完全に紅白戦要員で、山田は「紅白戦要員なんてやってられるかボケー!!」って感じでドーハの直前に代表から外れたか外されたかしたんですよね、確か。当時は『なんてワガママな奴』とか思ったけど、いまから思えばそれぐらい自己主張の出来る選手はやっぱりいいなと思ってしまう。戸田や松田も一度トルシエと喧嘩して代表から出たし、やっぱりそういう気概がないとイカンです。いまの代表たちはジーコにはやっぱり逆らえないのかなぁ……。
あとドーハの件では、「都並ってレギュラーじゃなかったんだ」みたいなことをいってる人がいて、ビックリさせられたりもしました(笑)。いやぁまあ10年経ってるんだから当然知らない人もいるわなぁ。10年後のその日にはパソコンのトラブルがあったりしたのと、やっぱりちょっと当時の映像とみてセンチメンタルになっていたので書く気にはなれなかったけど、あの日一人で自分の部屋のテレビであの試合を見てたときのことは、細かいディテールまではっきりと覚えています。